|
===================================== 〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。 ・ 日 : [にち, ひ] 1. (n-adv,n-t) sun 2. sunshine 3. day ・ 日本 : [にっぽん, にほん] 【名詞】 1. Japan ・ 本 : [ほん, もと] 1. (n,n-suf,n-t) (1) origin 2. basis 3. foundation ・ 組 : [くみ] 【名詞】 1. class 2. group 3. team 4. set ・ 組曲 : [くみきょく] 【名詞】 1. musical suite 2. musical selection ・ 曲 : [きょく, くせ] 【名詞】 1. a habit (often a bad habit, i.e. vice) 2. peculiarity ・ 福 : [ふく] 【名詞】 1. good fortune
日本組曲(にほんくみきょく、英語:''Japanese Suite'')は、日本の作曲家伊福部昭が作曲した楽曲。1934年にスペイン在住のアメリカ人ピアニストで、クロード・ドビュッシーの親友でもあったジョージ・コープランドのために作曲・献呈されたピアノ独奏曲『ピアノ組曲』(''Piano Suite'')をオリジナルとし、管弦楽版など作曲者本人によるいくつかの編曲版が存在する。また、他者による編曲版も存在する。 == 作曲の経緯 == 作曲のきっかけとなったのは、伊福部が友人の三浦淳史(後の音楽評論家)とともに、ジョージ・コープランドが発表したレコード「スペイン音楽集」を聴いたことである。二人は、当時の音楽評論家から酷評されていたこのレコードを、「そこまで酷いとはどういう音楽なのか」と興味本位で聴いたのだが、二人とも実際にレコードを聴いてその内容に感動し、すぐさまコープランドにファンレターを書いた。やがてコープランドから「地球の反対側にいながら私の音楽を理解するのだから、作曲もやるのだろう。曲を送れ」という旨の返信が届いた。これに対し、三浦は伊福部に無断で「良い作曲家がいるので曲を送る」と返事を書いて送り、伊福部に対しては「これで曲を書かなかったら国際問題だな」と脅すように作曲を促した。伊福部はこれを受けて、当時約2年がかりで作曲していたピアノ作品を組曲としてまとめ、コープランドに送った。コープランドからは「面白いのでぜひ演奏したい」という旨の返事が来たものの、スペイン内戦のため音信不通となってしまったという。 後に伊福部が1935年に『日本狂詩曲』でチェレプニン賞を受賞し、1936年に来日した賞の主催者アレクサンドル・チェレプニンに短期間師事した際、チェレプニンはこの組曲、特に第1曲「盆踊」をいたく気に入り、自らのコレクションに加えた。来日中に「盆踊」を東京、大阪、北海道で初演。また、彼は伊福部を指導して「盆踊」をピアノと打楽器のためのバレエ曲に編曲させた。さらにオリジナル版を音楽祭に応募することを勧め、伊福部はヴェネツィア国際現代音楽祭に応募し、入選した。なお、全曲の初演は同音楽祭でジーノ・ゴリーニの演奏により行われた。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「日本組曲 (伊福部昭)」の詳細全文を読む スポンサード リンク
|